私の「樋口裕一」の小論文本の悪口少々のあたりの文章を読んでくださった方から、こんなメールをいただきましたので、ご紹介します。
足跡から来ました。
ホームページ見ましたよ。
実は、僕、大学受験のとき
樋口とかいう予備校の先生の本を使って
小論文の書き方を学びました。
なるほど、反論が間違っている根拠を書かなければならないんですか。
今思えば、型にはめた小論文を書いた大学は全て落ちてました。
自分が今通っている大学は、反論が思い浮かばなかったので、自由に書いた結果、繰上げなんですけれど受かりました。
今その理由がわかった気がします。
そうなんですよね。そのように
>なるほど、反論が間違っている根拠を書かなければならないんですか。
と、言われて初めて気が付くのが、「何のためにそのことを書かなければならないのか」ということを考えずに、言われたことを素直にやってしまう、普通の反応なんですね。
こんな例をいっぱい知ると、「そんなの言わなくても当たり前じゃない」などと、自分も、「大切なことを言い忘れて、指導していることが多いかも知れない」と反省して、「ちょっと気をつけなければいけないな」と、思ってしまいますよね。
で、脱線は置いておいて、一つ例文の採点をやってみましょう。
例題:方言を大切にするべきか否か
私は方言を大切にしたいと思います。
確かに方言を使うと他の地方の人は、何を言っているのか分かりません。
しかし、方言は自分たちの伝えてきたかけがえのない文化です。
だから、これを大切にしていくべきだと私は思います。
この作文に、あなたが試験官なら何点をつけますか。
私なら、辛く採点をすると、0点ですね。
それでは、 これは何点ですか。
私は方言を大切にしたいと思います。
確かに方言を使うと他の地方の人は、何を言っているのか分かりません。
しかし、方言は自分たちの伝えてきたかけがえのない文化です。
他の地方の方に接するときにはそのための配慮をすればすむことだから、これからも方言を大切にしていくべきだと私は思います。
これなら、100点です。
たった、「他の地方の方に接するときにはそのための配慮をすればすむことだから、」という部分が入っているだけですが、文章の本質は、全く違います。
「解答例1」は、「確かに方言を使うと他の地方の人は、何を言っているのか分かりません。」と反論を認めながら、自分がその反論を認めない理由を書いていないので、「他の人は自分とは違う考えかも知れないけど、私の考えはこう。私がこう考えるのは、カラスの勝手(自由)でしょ。」というような文章になってしまっていますよね。
それに対して、「解答例2」では、「他の人の意見は、本質的ではなくて、些細なことだ」ときちんと説明してあるので、説得力があります。
このように、「反論を少し書く」という説明だけを真に受けて、素直に作文を書いてしまうと、「何を言うために、その部分、つまり『予想される反論』を書かなければいけないのか、書くのか」という部分が分からない、形ばかりが整った文章になってしまいます。
でこれ、「こんな文章なんて書くのは、本当に、文章のことが分からない未熟なやつばかりだろう」と、思いますか。
それが、そうでもないところが、この問題の深刻な所なのです。
(実は、
大きな声では言えませんが、
でも、声が大きいのは地声なんですが、)
平成19年度の岡山県の、公立高校の入試問題の模範解答も、本質的に例題1のようなものだったのですね。
そんな解答を書いていれば、全体のテストの点の2割もやりなさいという指示だったんです。
100点満点だったら、20点ですよ。こんな解答で。
そんなん、本当にこんなんで、点をやるつもりですかーーーー!!!
で、こんな解答例を出してしまったのは、確かにとてもまずいんです、「何人もの優秀な先生が頭をあわせて、吟味に吟味を重ねて作ったに違いない、公立高校の入試問題の模範解答が、このレベルだった」ということが、嘆かわしいけれど、今の日本の作文教育の現状だということなのですね。
だから売られている作文関係の本のほとんど全部が、樋口でしめられちゃう。
こういうことになってしまうのです。
私が一生懸命こうやって説明して、じかに会って話をしている方でも、やっぱり「樋口」の本を、自分だけが持つのではなくて、生徒にも買わせてます。
この辺の、「何を言いたいか。その言いたいことを言うために、必要だからここにこれを書く」という意識がないまま、作文を書いてしまう、そして指導をしてしまう、ということが大問題なのです。
なかなか言っても言っても、心底からは理解してもらえないことが多いですが、ちょっとずつでも、みんなに伝えていきたいですね。
結局いただいた感想を受けて、言いたかったことの導入の部分だけでこの文章は終わってしまいました。
あと、「感想を書く」ということと、このような「例題1」のような解答ばかりを読まされる試験官の反応ということと、2つについては、次の文章で書きますね。
コメント
自分のメッセージを使っていただいてありがとうございます。
あと、お願いがあるんですけど、僕みたいな国語の偏差値が30くらいで小論文なんか全然書けない高校生に伝えて欲しいです。
最初は、何も書けないかもしれない
指定された字数を埋めるのがまるで拷問のように感じるだろう
それでも歯を食いしばって書くんだ
書いているうちに、論理的に物事を考えることができるようになっくる
それは、将来、何か壁にぶちあたった時に、それを乗り越える力になる
大学入試が終わって、大学に入っても文章を書くことを続けて欲しい
と
次の日記にこのいただいたありがたいお言葉に感想を書きました。
https://www.sakubun.info/?p=155
長くなりましたけど。
すご〜くわかりやすく勉強になりました。
さくさくって作文を書く人って、
「大切です」
「勉強になりました」
「成長していきたいです」
とか、まとめに使うんだけど、
じゃあ、どんな風に成長したいのよ?どう大切にしたいのよ?とか、聞くと、ちっとも返事がこない。
つめが甘いというか…熟考してないんですよ。
この抽象表現が、偏差値の高い大学に行っている学生に多いというのはなんじゃらほいです。
すみません、まとめが、話し言葉で。へへっ。