文章を書こうという心の持って行き方

 なじかは知らねど、うちの坊主がきょうも隣のばあちゃんちに泊まりに行くと言って、「とおちゃん、寂しいと言って泣くなよ」と言いながら出て行ったので、もうおねむの時間になって眠たいのですが、もう一つ書いておきましょう。

 昨日の夜中に書き始めたのも、結局一応書き上がったのが、今日の昼でしたけど。

 たかちゃんさんからおとといいただいたコメント

ねこさん、
 私が担任の先生から「作文が上手」と言われるようになったのは
小学2年生以降でした。授業参観後に親が残って「懇談会」をして
いた途中に、担任の先生が「生徒の作文を読みます」と言って読み
始めたんだそうです・・・話を聞いているうちに「あ、うちの子だ」
と母は感じ、とっても嬉しい気持ちになって家に帰ってきたのだそう
です。両親に「あなたは文章が上手」って褒められながら育ってきて
現在に至ります。職場では専ら議事録やら資料作成を担当しています。
 成績は超優秀ではなかったけど、「きらっと光るもの」を担任の
先生が見つけてくれたおかげで、幼いながらも「自信」を持てたの
かな?なんて・・・今は思っています。自分の思いを文章にするのは
簡単なようで難しい。けれど、私が原稿用紙を目前にして考えるのは
「起承転結」、それだけです。あと、、、なんだろ?何かをする時に
いろんなことを思い巡らせる癖があるので、気づいたら文章っぽい
考えになっていてすすっと書けちゃうのかもしれません。
 この頃、ねこさんの日記にはまっています

 これをいただいて、前回の日記に書いた、「自分の体験したことについて、突き詰めて考えていくという行動なくして文章は書けない」ということについて、その実態をかいま見させていただけたような気がしたので、ご紹介しておきたいと思います、

 どこかと言いますと、

自分の思いを文章にするのは簡単なようで難しい。
けれど、私が原稿用紙を目前にして考えるのは「起承転結」、それだけです。
あと、、、なんだろ?何かをする時にいろんなことを思い巡らせる癖があるので、
気づいたら文章っぽい考えになっていてすすっと書けちゃうのかもしれません。

の部分ですね。

 体験をしているとき、体験の後、または、何か書きたいことについて、そういうものに対して、
「自分が本当に感じていたのは何だったんだろう。」
「書きたいことは?」

「何か書かないといけないんだったら、何も書くことはないけど、それでもあえて言うとすれば、この中から何なら少しは、本音を含んだ部分として書けるんだろう。」
「あれこれ考えているけど、結局自分は何にこだわっていたのだろう」
というようなことを、いつもいろいろ考えているということですね。

 で、いざ書く段になって、書けそうな題材を、もっとあれこれ考えていって、
「ああ、自分が言いたかったのは、結局こういうことだったんだ」
と、文章を書きながら、気づいていくんですよね。
 おそらく、文章を書くのがお好きな方、苦にならない方というのは、よっぽど思ったことをずらずらと書き流している方でない限り、こんな感じになっているのではないでしょうか。
 書けるける自信がある人も、ない人も、書く大変さは同じ。
 なかかな書けないんだけれども、いずれかの段階で、書く喜びに目覚めた方は、文章の完成度のレベルの差は色々あるでしょうけれども、物事に対するときに、文章に向かうときに、文章を書くためのこういう心構えが多分できあがっているんです。
 だから、書ける。
 で、ちょっとでも思っていることが書けたような気がすると、それが快感なので、ますます文章を書くことが好きになる。
 と、こういうことです。

 このたかちゃんさんもそうだし、前々回コメントをいただいたnekonosippoさんもおそらくそう。

はじめまして。
足跡からきました。
私は高校生のころ小論文入試で受験をすすめてきた者です。恩師に出会えたお陰で当時11倍程あった小論文入試をクリアして今に至っています。
前から読書感想文なんかも好きでしたし、今は自分のブログをつけたり仕事のプレスリリースにほんのちょこっと携わっています。

Nekoさんの仕事の熱心さには感心します。当時の小論文の授業を思いだしました。Nekoさんのような先生がたくさんいればいいのに。
私にとって文章を書くのは、生きがいのようなもので、ねがわくば書くことを仕事にしたいなぁと思っています。仕事にしようと思うとちょっと苦しくなる部分もありますがNekoさんのおっしゃる文章を書く楽しさのようなものを常に持っていたいです^^

またお邪魔します☆

だから、こんなコメントを書いてくださるんですよね。

 まあ、私に当たった生徒が、本当に本人たちが幸せだと思っているかどうかは別にしてですね。
 こんな方、このmixiでここ2カ月ほどコメントやメッセージをいただくに、やっぱりこのmixiには、相当いらっしゃるのではないでしょうか。

 なお、蛇足ながら、たかちゃんさんの、「起承転結」という言葉については、言葉のあやだと思っています。
 私「起承転結を考える」という言葉は、あまり好きではないので。
 よろしかったら、起承転結については、これらのリンクを見てくださいね。全部私の文章です。
https://www.syouron.com/nekoron/?page_id=45
https://www.syouron.com/nyuumon/?page_id=31
https://www.syouron.com/column/?page_id=97

コメント

  1. ひまわりなつこ より:

     確かに!
     起承転結なんてゲイトウが、短い論文や作文でできるなら、
     私は小説家にでもなってますよ。
     作文や論文の目的と、読み手が誰かってことでも、段落わけの意義は違ってきますね。
     でも、だらだら、作文を書かれると、読みにくいので、
     「800字の作文なら、3〜4段落構成くらいが、見栄えがいいですねえ。
      読み手へのサービスです」って、気の無い指導はしてますが。

  2. Neko Fumio より:

     私たちが目指すべきは、とにかく自分の考えをきちんと読者に伝える文章です。それを、そういうことをなおざりにして、表現効果がどうのとか、〜ならこのようなことを書くものでしょうとか、表面的な技術に走ろうとするから、ろくでもない文章で書けたつもりになって自己満足をしてしまうのですね。
     文章を書こうとするときには、やはり、根本のところを大切にしなければいけません。
     「〜を書いて、〜を書いて、それからこれを書いて、全体を通して言いたいことはこういうこと」という風に、考えていけば、自分が書こうとすることのまとまりを意識するようになるはずです。そうすると、一息に書いて、伝えられるひとまとまりの思考の範囲というのは、だいたい決まってきます。
     800字くらいの文章であれば、だいたい3つから5つぐらいでしょうか。それ以上段落が多くなれば、おそらく思考がぶつ切れになって、一つの言いたいことに向かう文章にはなりにくいでしょうし、800字を形式段落が2つとか、全くなしで書いてしまうと、今度は逆に、まとまりのない思考がだらだらと、言いたいことがねじ曲がりながらつながっていく文章になるはずです。
     形式段落については、このように考えれば、それほど悩まなくていいのではないでしょうか。
     ですから、これを形式的に形から入れば、おっしゃるように「3〜4段落構成くらい」で書けば、自然と読みやすいまとまりのついた文章になりやすい、ということが言えます。