人間は尊くもあり弱くもあり

前回の記事のコメントに、かもめさんが、記事を一つ紹介してくださったので、それに対する私のコメントを、皆さんにも見ていただこうかと思い、日記の方に載せてみました。
本当は、コメントの返事の方に書きかけていた記事ですが。

作文について書いた内容ではありませんが、こんなことを考えると、作文が一面的な思考から抜け出せるという側面はあるので。
元の記事(https://www1.cnh.ne.jp/sassaki/kokoro2.htm)はこちらです。
以下、感想ということで


先日もこれ読ませていただいてました。校長先生の言葉、胸に響くものがありますねえ。
ただ、私はこういうのも、ちょっと違和感を感じる部分があります。
おっしゃるように、「気高く偉大」な面もあると同時に、「エゴイスト」な部分もあるのが、人間じゃあないでしょうか。
だから人間はだめなんじゃあなくて、エゴイストの部分を認めるから、先生が言っているような人間の行動が、気高く見える。
その心中をおもんばかって、自衛隊幹部が一言添えると、その思いやりが痛いほど伝わると思うんです。
そのどちらだけを取り出しても、ウソになると私は思いますね。
その両方があるから、その分人間がつまらないのではなくて、そういう存在が人間なのだから、そういう心理はしっかりと認めて、尊い部分をしみじみと感じなくてはいけないと。
よい部分だけを強調すると、実態の伴わない、国民を先導するためのスローガンになっちゃいますんでね。
「愛国心のないやつは、非国民だ」みたいな。
「子どもに臓器提供しないやつは、親の心を持ってない人非人だ」とね。
基本的に大衆というのは愚かなので、私はそうとらえているので、マスコミとか、
時の流れとかの影響で、そういう決めつけの風潮、非難というのは、いつも起こって来るんです。
戦前なら、「非国民だ」でしょうが、戦後は、「平和が大切」でしょうか。
これに気をつけないといけない。
この校長先生は、戦後的な風潮の警鐘としてこの文章を書かれています。
ですが、おっしゃるような一面だけが強調されるとしたら、やっぱりそれも、いかがなものでしょうか。
戦後的な風潮への危惧という点では、私もこの校長先生に賛成です。
何も私は再軍備がどうのと、右翼的な発想を持った人間じゃあないですよ。小学生なんかが、「平和が大切だ」なんてしたり顔で言っているのを聞いていると、ほんと、そんな教育をしていていいんだろうかと、暗澹たる気分になってしまいます。
日本国憲法の精神はすばらしいです。
でもこれは、殴られても殴り返さないと高らかにうたっているんですよ。
殴られても、国際社会は、信義を重んじる信頼に足る社会だから、それを信頼して、自分じゃあ、殴り返さないと。
で、そういう悲壮な覚悟を持って、平和が大切だと思っているんだったら、殴られないようになみなみならない努力をするはずなんです。
職場なんかのある程度同質の人が集まった社会でも、仲の悪い人、けんかをする人がいるでしょう。時には露骨にいやがらせをしたり。
それが、普通の人間なんです。
それがまして、思想・信条・宗教・人種が違う。それを普通にやっていたら、争いが起こるのが当たり前なんです。
その当たり前の所を、「平和」が大切だから、並々ならぬ努力をして、争いをしないようにする。
それでも殴りかかられても、信義を重んじる国際社会を信頼して、殴り返したりはしない。
日本国憲法はそういっていると私は思うんです。
「平和が大切」だと言うんだけれども、それは、何もしないで得られるものじゃあないんです。
「争いにならない努力はしない」「争いを解決するための努力はしない」自分は武器なんかは持ちたくないから、人殺し兵器を自分が持たなければ平和だと思っている。国を守ろうとしている自衛隊は、平和の敵だと。「自分はそんなものは認めない」と。
正義ずらして言うんです。
で、やっていることは、確かに武器は振り回してはいないのかもしれないけれど、札束で、人の心を買うようなことを平気でやって、武器を振り回している国に都合よくすり寄って。
これでは、殴りかかられない方がおかしいです。
で、殴りかかられると、「武力行使は許せない。」「テロは敵だ」となりますよ。絶対に。
身勝手な大義名分を掲げて武力行使してくる大国に対抗するのに、まともにやりあって何日持ちますか。
何日でしたっけ。こないだの、イランだったかイラクだったか、よく分からないけど。
そんな生分かりの知識で、こんな偉そうなこと言える立場じゃあないです。
ごめんなさい。
そんな力を持たない国の人たちが、身勝手に自分たちに都合がいい理屈を、何とでもつけてくる大国に立ち向かうためには、どう考えてもテロしかないはずです。
これは、どう考えても、国と国との戦争じゃあないんですか。
これだけ実力差がある国と国同士が本気で戦おうとするなら、そういうやり方しか無いはずなんです。
だから、これれっきとした国と国同士の戦争でしょう。
どちらかが一方的に不道徳で許せない、テロは悪だ、というようなものじゃあなくて。

日本でテロがもし起こったら、どうなるでしょう。テロは許せないと、騒然となるでしょうね。一気にそんな国は、攻めてつぶしてしまえと、そういう議論にならないでしょうか。
もちろん自衛隊を、1%枠なんてけちなことは言わずに、一気に軍備を増強させて。

だから私は、「自衛隊を認めろ」と言っている訳じゃあない。
認めなくてもいいし、今の平和憲法を、重んじるべきだと本当に思っています。
でもそうするためには、とても、想像もつかないような努力がいるはずなんです。
今「平和が大切」というふうにしたり顔で言っている連中が、本当にその時にも、同じような顔つきで言っているかどうかですよ。問題は。
たぶん、「許せない」一色じゃあないでしょうか。
で、「どうすんのよ」といったら、多分すぐに殴りかかろうとするでしょう。
こういう人たちは、基本的に、身勝手に、自分に火の粉が降りかからないように考えているだけだから、他人の痛みには鈍感でも、自分の痛みにはこらえ性がないはずです。きっと。
平和が大切だったら、そのための努力をしなくっちゃあいけない。
それだけ努力しても、それでも、殴りかかられてきても、絶対に殴りかからない。そういう覚悟をしなっくっちゃあいけない。もちろん国だけじゃあないですよ。私生活でも。
いじめられても、いじめ返さない。それだけの努力をしていることを、国際社会に本当に認められていたら、他の国がそういう努力をしている国に対する攻撃をほっとかないでしょう。たぶん。
今の風潮は、徹底的な戦前批判、戦後賛美です。
戦前的なものは、何でもかんでも全てダメで、戦後的なものは、何でもかんでも手放しの礼賛。
どちらもまやかしです。
みんなそれで、本気で思っていると自分は思っているだけ。
ただ右と左とがひっくり返っているだけで、みんな自分の頭で本当に考えているかということになると、きわめて怪しいです。
戦前の方、色々軍国主義者だったといって非難されます。
確かにそれは一面当たっているところはあるのかも知れない。でも、一面で、国のあり方、国民の生活、そういうものを本気で憂えていた方は、今の脳天気な人間ばかりの日本の社会なんかより、だんぜん多かった気はしますね。

かもめさんのコメントでは、この問題についてではなく、これまで色々書いてきたこととの関連で、まだまだ言っておきたい部分が残っているので、もし機会ががあったら、またネタに使わせてくださいね。

コメント

  1. 桃太郎@闇の赤報隊 より:

    どうも 足跡から 来ました
    この コメント…
    めちゃめちゃ 賛同 いたします!
    平和 を唱えるだけでは
    平和 を維持できない…
    争いをさけ 汗をかかない 何もしない『平和』…
    それこそ ただの
    怠者 であり 愚者 の戯言…
    今は
    現在は
    ただの『ガンジー』では 駄目!
    せめて
    『スーパーガンジー』でなければ (笑)

  2. Neko Fumio より:

     争いを避けるのが平和だから、
    避けないといけません。
     なのに、
    争いの種を作っておいて、
    殴りかかった方を一方的に悪者にして、
    殴り返すのも人にやらせて、
    殴り返すための用意をしてるやつは、
    武器を振り回しているから悪いやつで、
    自分はなにも武器など振り回さない平和主義者だと、
    部外者感覚で脳天気。
    そういう感覚が問題でしょう。
     ガンジーは、殴りかかられても、殴り返さず、
    主張だけは曲げないでするんだから、立派ですよ。
    みんながガンジーの爪のあかを煎じて飲んで、
    100分の1でも心がけを見習えば、
    何もスーパーじゃなくても、いいと思いますよ。
    むしろスーパーな人間を望む他人任せが、
    問題なんじゃあないでしょうか。