「今日この頃」の記事で、コメントをいただきましたので、「!」「?」について、だめ押しの補足をしておきます。
今日この頃、というフレーズは、最近という意味に、とって、深く考えたことはなかったです。正式な使い方をしりませんでした。
Neko先生の、文章は読みやすいし、長文なところが、魅力ですね!!
文章が、なめらかでいいです。
また、!!とか?は、まやかしとは、思わず、まったく使わないと、表現しずらいときもあり、ついついつかって、頼りがちです。
多用した場合は、憎めない感じが、憎たらしくなったりする人も、いるのかもしれないと、思いました。
思考の単位量
>Neko先生の、文章は読みやすいし、長文なところが、魅力ですね!!
「長文が魅力」とは、初めて言われました!?!
私の場合は、だいたい思いつくことを一つ書こうとすると、だいたい12,00字ほどになるようです。『ねこの小論文・作文講義』の文章も、上下二段で、1ページ、おおむね12,00字ほどになっています。量を意識せずに書くと、ひとりでに、この長さになっているんですね。
長文を書く場合でも、人それぞれによって、たぶん、どれくらいを一つのまとまりとして考えているのかという、「思考の単位量」というものが、あるように私は思います!!
記号だけでは、何も伝わらない
たとえば、上の「初めて言われました!?!」「思います!!」の使い方を、どのように感じましたか。
このように書いた本人の気持ちとしては、「初めて言われました。」「思います。」では表現できない「何か」を、伝えたつもりになっているのでしょう。
でも、読む者がその「込められたある物」を、実際に感じるでしょうか。これを付け加えることで、書いた人が、「余情を、ここで伝えたがっている」ということは分かるでしょう。では、その「伝えようとしている『余情』とはいったい何なのか」、「この記号があることで、本当に『余情』を効果的に伝えることができているのか」というと、どちらも疑問です。
(笑い) なんてのもあります。インタビュー記事で、その場の雰囲気を伝えるためのものではなくて、何か書いて、それを「本人も本気では言っていないよ」ということを伝えるための、「(笑い)」です。
これなども、私などは大嫌いですね。そんなものを付け加えなくても、そこまでの文章の中で、伝えたい気持ちを伝えようと思えば、十分に伝えることができるし、そうすべきだからです。
それを、そこまでせずにおいて、いきなり、「(笑い)」と書いて、「笑えよ」「少しは、面白がれよ」と読者に、強制するのです。
こんなのに触れると、読者は少しも面白くない。どっとしらけます。
表現する側の心理としては、「!」「?」も、この「(笑い)」と同じようなところがあります。書いた者は、何か伝えることができたつもりでいるのだけれど、こんな記号などで、気持ちが伝わるはずなどないから、それは単なる筆者の思いこみ、一人合点、独りよがり、ということです。
「!!とか?は、まやかしとは、思わず、まったく使わないと、表現しずらいとき」というのは、どういう時なのでしょうかね。私には想像もできません。これらを使ったときと、単純に「句点(。)」を使ったときとで、「自分の思い」と「読者への効果」と、そのそれぞれがどう違ってくるのかを、一度本気で吟味してみることを、お勧めします。
>多用した場合は、憎めない感じが、憎たらしくなったりする人も、いるのかもしれない
おっしゃろうとしていることが、いまいちよく分かりません!
「!」「?」を多用した場合はどうなるか?あなたはどう思いますか? 今ここの文章を読んで、その影響を感じることができるのではないでしょうか!
そうですね。同じ文章を書いても、確実に、幼く見えます!!!! 「ガキ!」の文章です!
ですから、これらの記号は、顔文字を多用する、文字による雰囲気作りには、おそらく相性がぴったり合うと思いますよ!
普通使わないものは、すべて強調表現
英語で、「?」や「!」を使わなかったらどうなるでしょう。
What a nice person he is.
What is this.
とやったら、確実に最後の記号間違いで、減点ですよね。英語の表現の中では、「?」や「!」は使う決まりになっているものだからです。つまり、それを使ったからといって特別なものではなくて、いわば空気のような存在。
ところが、日本語の普通の表記法の中に、「?」や「!」を使うことは、全くないのです。疑問文だからといっても、文末に、「句点(。)」を使えば、十分に、疑問の意味は伝わります。
それなのにあえて、普通の使い方ではない、別の記号を使うということは、その部分を、「強調しようとしている」ということです。
強調表現は、その効果を考えて、時と場所を十分に選んで使うからこそ、有効に働きます。それをしない、意味のない強調は、やればやるほど、どぎつくなり、思わせぶりな、内容のない文章になるだけです。
「?」や「!」が、強調表現になるという意識さえ持たずに、それを多用することが、どのような結果をもたらすかということを、もう一度、考えてみられることをお勧めします。
「強調表現」ということで言えば、やたら片仮名書きしたがる人がいますよね。だいたい、「?」や「!」を使いたがる人たちと、同じ人たちのはずです。
日本語で、片仮名書きする習慣になっているのは、外国から来た言葉と、擬音語(「ギシギシ」「ゴットンガッタン」)など。もしくは植物の和名(「キク科」)しかありません。それ以外はすべて、「普通ではない」表現です。つまり、これもやっぱり強調です。
これなどもやはり、よくよく考えて使うようにしなければなりません。
特殊な意味を持つカタカナ書き
ただ、「ヒロシマ」「ナガサキ」と「広島」「長崎」のように、カタカナ書きをすると特殊な意味を持たせることが慣例になっている特例もあります。
これは、カタカナ書にすると、「被爆地」としての広島・長崎と言う意味になります。
大人の文章を書くためには
それでは、大人の文章を書くにはどうするか?
そんなの簡単です! 「!」や「?」などの強調記号を一切やめて、日本語を表現するための普通の記号だけを使えばいいのです! 伝えたい気持ちがあるのなら、「記号で伝えることができた!」などという、ありもしない幻想を抱かずに、きちんとその内容を言葉で伝えるように、努力すればよい!
簡単でしょう?!
せっかくお褒めの言葉をいただきながら、ちょっと辛口になりすぎました。
気を悪くしないでくださいね。個人攻撃をするつもりはなく、ただ単に、表現の問題として、私の思っている一般論を述べてみただけですので!
コメント
「?」は使いますよ。必要です。もちろん強調として。
例えば「xxxxですか。」と「xxxxですか?」相手に後者の方が答えを期待してる印象をより与えると思います。確かに幼稚になるの否めないですが、、、。
Neko先生こんにちは。
なかなか、厳しい意見で、わかりやすく、多用することで、がきっぽい文章になるのがわかりました。私は、がきっぽい表記を、好む傾向がありますが、嫌いな人には、つかわないように、気をつけたいと思います。
表記を変えて強調を「」に囲むと、強調したい部分が、はっきりわかりますね。
文章に限らず表現を、相手に自分の思い、考えを伝えるための手段だとしたら、子どもっぽくてもいいんじゃないかな、と思いますが。
判断するのは、受取る側でありその方の評価を気にするのであれば、とうぜん文体は変化するはずです。
絵文字や!、?などにあふれた文章は、正直自分も辟易としますが、最近はそれでしか伝わらない気持ちがあるような気がして。
その気持ちを表現しようとすれば、文字を重ねなければならず、くどくなり、自分の意図とははずれてしまったり。
日本語は、中国から漢字を輸入し、平仮名などへと変化させていったのですよね?つまり言語は変化する。広い意味でいえば、絵文字はその一部なのでは。それでしか通用しないコミュニケーションが若い世代で起きているのではないでしょうか。
初コメ失礼します。
私のような若輩者に言わせてもらえば、ただの日記に強調記号云々といわれてそれは確かにそうですね。と丸のみすることはできません。
私は記号が持つ意味を活かしている文章ならば特に問題ないと思います。
もちろん小説や論文などの書籍で多用していたならば「これはおかしい」と思うかもしれませんが、文章というのは幅広いものを意味するのです。
感情をより文章に織り交ぜたい場合に記号は有効だと思います。
それ自体がないといけない、それでしか表現できないというのではありません。そうしたものを用いたほうがまわりが理解しやすいということもあるということです。
文章の書き方というのは大事ですが、記号が嫌いだという感情だけにとらわれては本当の良いところを見逃してしまわないかと思ってしまいます。
ただ道を通りかかったいち意見ですので流し読みしてください。
みなさん、コメントありがとうございます。
ご返事として、次の記事を書きました。
https://www.sakubun.info/?p=198