思考整理の実例(問題)

 これまで、色々なことをお話してきたので、思考整理についても言ったことがあるような気がしていました。ですが、後から捜してみると、あまり関連記事を書いていなかったようですね。

 「書く前からはっきりとした形のある思考などない」で、少しお話したとおり、文章になる以前の、頭の中にある「書こうと思っていること」というのは、まだまだ未整理な素材でしかなくて、それを文章に書いて形にして、はじめて、書こうと思っていたことに、整理された一つの形を与えることができるのです。
 ところが、この思考の文章化の過程で、整理が中途半端であると、できあがった文章はとても、読みにくいものになります。つまり、書いている本人が、「何を言いたいのか」をしっかり把握しないまま、文章を書いてしまうから、未整理で何が書いてあるのかよく分からない文章になってしまうのです。

 ここで、その実例を1つ、考えておきましょう。

 前回の、講義形式が結構好評だったので、今回も授業スタイルでいきます。できれば、宿題に答えてみてくださいね。

 例文は、現行の第一学習社の国語総合の教科書、『高等学校 改訂版 標準 国語総合』に掲載されているものです。

コンコルドの誤り

                 長谷川眞理子
 コンコルド開発にまつわるこのエピソードをもとに、行動生態学の分野で「コンコルドの誤り」として知られている考え方がある。いま、一羽の雄の鳥が、ある雌に求愛しているとしよう。これまでに雄は、ずいぶん長い時間を費やし、たくさんの癆をプレゼントに持ってきたが、雌はいっこうに気に入ってくれない。雄は、このまま求愛を続けるべきか、やめるべきか? このような状況で、動物たちがどのように行動するよう進化してきたかを考えるとき、一昔前には、雄はもうこの雌に対して大量の投資をしてしまったので、いまさらやめると損失が非常に大きくなるから求愛をやめないだろう、という議論があった。ところが、これは理論的に誤りなのである。
 コンコルドは、開発の最中に、たとえそれができ上がったとしても採算の取れない代物であることが判明してしまった。つまり、これ以上努力を続けて作り上げたとしても、しょせん、それは使い物にならない。ところが、英仏両政府は、これまでにすでに大量の投資をしてしまったのだから、いまさらやめるとそれが無駄になるという理屈で開発を続行した。その結果は、やはり、使い物にならないのである。使い物にならない以上、これまでの投資にかかわらず、そんなものはやめるべきだったのだ。
 このように、過去における投資の大きさこそが将来の行動を決めると考えることを、コンコルドの誤りと呼ぶ。求愛行動だけでなく、縄張りの確保や子育てなどのさまざまな状況において、どこでやめるべきかという「意思決定」が必要となるだろう。そのとき、過去にどれだけの投資をしたかに重点を置き、それを目安に将来の行動が決まるとするのは誤りなのである
宿題
問1
 「コンコルドの誤り」とは、どのようなことですか。
問2
 「過去における投資の大きさこそが将来の行動を決めると考えること」と、ほぼ同じ内容の部分を、本文中から、抜き出して、あるだけ答えてください。ただし、具体的な例に即して、この内容を言った部分でもかまいません。
 抜き出した部分は、問われている部分に対応するように、「はじめ」と「終わり」をできるだけ厳密に答えましょう。
問3
 上の二つの問をふまえて、この文章で、筆者が思考を整理し切れていない部分を、考えてみましょう。
問4
 上の考察をふまえて、筆者が言おうとしている、「コンコルドの誤り」とは、本当はどのようなことですか。問1で答えた内容に、いくらか言葉を付け加えて、考えてみましょう。

 できれば、コメント欄に解答をしてくださいね。

 以上、Nekoが3学期に授業をした内容そのままです。「抽象的思考」についての考察など、まだ、書きかけの項目がたくさんありますが、これも授業をしてから長い間放っておくと、自分の中で気が抜けてしまうので、ここで取り上げておきました。

コメント

  1. 夢遊 より:

    難しいですけど、チャレンジしてみます。
    問1 過去における投資の大きさこそが将来の行動を決めると考えること
    問2 ①雄はもうこの雌に対して大量の投資をしてしまったので、いまさらやめると損失が非常に大きくなるから求愛をやめないだろう
       ②英仏両政府は、これまでにすでに大量の投資をしてしまったのだから、いまさらやめるとそれが無駄になるという理屈で開発を続行した
    問3 動物の求愛行動についての議論の、なにが理論的に誤りなのかが説明されずに、同様の例示が繰り返されている。
     
    問4 投資を継続するかどうかという将来の行動の判断基準は、過去における投資の大きさに置くべきではなく、つねに将来の成功の可能性を基準にするべきである。

  2. Neko Fumio より:

    補足
     早速のチャレンジありがとうございます。
     問3のような、論旨に関わる解答をしてくださったので、問題が余計ややこしくなりはしないかと思って、段落の途中で省略していた、上の引用部分に続く文章を、参考として引用しておきます。

    先ほどの雄がむなしく求愛を続けている雌の隣に、その雄はまだ一度も求愛していないが、求愛されれば十分にこたえる気のある雌がいたとしよう。もしそうならば、雄は、過去の投資の量にかかわらず、さっさとそちらの雌に乗り換えるだろう。将来の行動に関する意思決定は、過去の投資の大きさではなく、将来の見通しと現在のオプションによらねばならない。(こう書いても、雄の鳥がそのように意識して思考していることを意味してはいない。そのような行動に導く一連の生理的過程が進化してきたという意味であるので、念のため。)
     したがって、雄が相変わらず求愛をやめないとしたら、それは、過去の投資の大きさのせいであると論じるのは誤りで、現在ほかにオプションがないのかもしれないと考えなければならない。コンコルドの誤りに陥ると、動物の行動の進化の道筋をたどるとき、大きな論理的誤りにはまってしまうのである。
     コンコルドの誤りは、人間の活動にしばしば見られる。元祖のコンコルドもそうだが、作戦自体が誤っているのに、これまでにその闘いで何人もの兵隊が死んだから、その死を無駄にすることはできないといって作戦を続行するのもその例である。過去に何人が犠牲になったかにかかわらず、将来性がないとわかった作戦はすぐにやめるべきである。
    −(中略 人間の例)−
     ところで、コンコルドの誤りは、人間が動物の行動を解釈するときに犯す過ちであって、動物自体がコンコルドの誤りを犯しているのではない。コンコルドの誤りは誤りなのであって、誤りであるような行動は進化しないはずだからである。ではなぜ人間の思考はコンコルドの誤りを犯しがちなのだろうか? この誤りには、何か人間の思考形態に深くかかわるものがあるように思われる。(教科書本文の終わり)