noncoさんの、プロフィール(https://mixi.jp/show_friend.pl?id=13250056
)にある、取扱説明書。
それからこういうの。
脳内変換辞書(https://mixi.jp/view_diary.pl?&id=661477152&owner_id=13250056)
観察日記(https://mixi.jp/view_diary.pl?&id=662407240&owner_id=13250056)
こういう試みは面白いですよね。
2008年01月13日のコメントで、
>よろしければ 過去日記の添削をお願いしたいと思います
とまで依頼されちゃって、そういう風に信頼して言ってくださるのはうれしいんだけれど、でも、やっぱり、添削は私にはできません。
創作というのは難しいですね。
私が主題にしている、考えを伝えるしっかりした文章、とは違う要素が入ってくるので。
売れている、読者の心をつかむ文章と、だらだらと思いつくままを書いただけのカタコトで自己満足の文章と、よく分からない人が見たら紙一重ですから。
基本的にこういう文章は、何が言いたいかを正確に伝える必要は必ずしもなくて、読者に受け入れられる要素は何か、というような面から考えないといけません。
私にはそこまでの蘊蓄(うんちく)はありませんのでね。
そういう意味では、テレビの視聴率をどうやって上げるのか、というのと同じで、文章の完成度だけの話じゃあなくなってくるんです。
ひょっとすると完成度が低くて、崩れていた方がいいというようなことも、しばしば。
ただ常々私が思い、言っているのは、創作にしても、日記にしても、崩した文章、表現を飾った思わせぶりな文章を、書く練習をいくらしても、きちんとした文章は、いつまでたっても書けるようにはならないということです。
逆はすぐできるんですけどね。
私の日記も、わざとずいぶんと話言葉調で、崩した感じで書いていますが、いくらこういう調子の文章をたくさん書いても、それだけでは、いざ、何か正式な文章を書こうとしたときには、やっぱり書けないはずです。
思考を言葉にするという厳密さにおいて、こういった流したような文章は、かなりごまかしていますので。
そういう意味では、mixiの日記は、文章を書くのがお好きな方は多いようですが、でも、こういう崩した文章しか書けない方が割合多いような感じはしますね。失礼ながら。
私のこの日記に書いているような文章。独りよがりの自画自賛かも知れないですが、崩した文章しか書けない、流した文章とはどこか違うのを感じ取っていただけているでしょうか。
もしそうだとすれば、うれしいんですが。
きちんとした文章を書ける人の文章は、たとえ流したものであっても、押さえるべき所は、やっぱり最低限そこだけは、押さえていますから、どこもかしこも流した文章とは、本質的に別のものなんです。
そこのところが、まねをする人には分からない。
だからみんな似て非なるものを作って、「同じだろ」と思っているわけですね。
もちろんここで言っているのは、noncoさんの文章がそうだと言っているのではなくて、一般論ですよ。日記や創作を書くときの。
こういった比較的軟らかい文章を書こうとするときの一般的な注意点。
悪く取らないでくださいね。
コメント
ありがとうございます
アタシも こう言う文章だけを書いて居る理由でもないンですが…
ちゃんとした文章…そうですね
過去日記の中にも 真面目に書いた文章は 沢山あります…
いや…あると思っています
《読んで欲しい》と思って書いた文章…
《自分が書きたい》と思って書いた文章は 確かに違うものではあります
視聴率を狙う様な…と 形容されてしまえば なるほどと納得してしまいます
読んでくれる人の 反応が 次なる文章を書くための 糧になりますし
何より《楽しんで欲しい》と言う気持ちで書いていましたから…
《言葉で遊ぶ》事と《言葉を伝える》事の違いを 教えて頂いた様な気がします
よろしければ…時々でも アタシの日記を お訪ね下さいね
たまには…ちゃんとした文章も お目にかける事が出来るかも知れません
よろしく お願いします
またまた、共感しました!
ちょっと前に拝見したときは日記の部分がなかったので…
残念に思っていて…
でも、何回か拝見しては、がっかりして…
私の日記を覗いていただくとわかるように、ここのところ忙しくて、 足跡に残った人の日記もろくに拝見せず…
で、今日、やっと、寄らせてもらったら、すごーい!
仕事そっちのけで、いろいろな日記にいっぱいコメント書かせていただきました。
突然、しかも大量に!
失礼しました。
本題です。皆さん、ご存知かとおもいますが、
ピカソってすごく崩した絵を描きましたが…
普通にかくと、写真なみに正確なデッサンができたんですよ。
いっつも適当な絵を描く私に、美術部顧問の先生が、見せてくださりびっくりしたことを思い出しました。
そうなんですよね。
基本は大事。
娘にも、日ごろの言葉使いが大事といってるのですが…
どんどん、型からはずれた言葉を使い出し。
はあ… これは、私ごとでした。
noncoさんに伝えたいと思って、今日の日記を書いたのですが、やっぱりあれでは伝わらないのかもしません。
https://www.sakubun.info/?p=172
人が受け入れてくれる創作をどうすればよいかというのは、そんなに簡単に、学生の作文を評価するような単一の基準でばっさりやるというようなことはできませんが、私はやっぱりその人がとらえる人間の真実のようなものが、そこに何らかの形で、表現されたときかなと考えています。
ピカソ本当にうまい絵を描きますね。ピカソのデフォルメされた絵というのも、見る人がどういう受け取り方をするかの受けをねらったのではなくて、自分がとらえた人の本質をどう伝えるかを考えたときに、あのような表現になったのだろうと思います。
それを、一教師のような本質をとらえていない人間が、「創作はかくあるべし」などというように、そのようにやったら受けるかという観点から、論評することなど、できるものではありません。