話題の途中ですが、下のようなメッセージをいただきましたので、少しだけお返事を。
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2年間のブランクの後、高校の英語講師に戻りました。
今まではなかったことなのですが、2年間のブランクの後、いざ教壇に立とうとすると、過去の失敗ばかり思い出されます。
学校も今までとは違い、ちょっと大変そう。
いろいろとアドバイスいただけたらと思います。
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教職は、うれしいことも少しはあるけれど、嫌なこともたくさんある。
私も失敗をたくさんするし、生徒にもたくさん嫌われてきました。アドバイスなどという、大それたことは、多分できません。
できることは、しますけれどもね。
私も、今年転勤して、学校の種類も変わり、勝手が全然分からないし、生徒はもちろん、新しい先生の顔も、まだ、数人しか分からなくて、めちゃくちゃ気疲れしています。
自分を嫌うのをやめよう
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「過去の失敗」の中でも、人間関係に関するものはずっとずっと尾を引きますよね。
私の生き方の中で、大きかったのは、数年前から、「自分を嫌う」のをやめた、ということでした。
世の中、自己主張をしていてよほどの自信家だろうと思われているような人物でも、意外と自分を嫌っている人というのは、多いのですね。昔、生徒と話をしていて、「こいつが、自分を嫌いなのか」と、びっくりしたことがありました。
私は、それほど自信家ではありませんが、色々なところで、社会についていけない自分に対して、「きちんと社会生活をする能力がないせいだ」と自分を責めて、そういう自分がとても嫌でした。
でも、ある時から、このように考えることをやめにしました。「自分を嫌うのをやめにしよう」と。その考え方の、詳細は、以前ホームページに書いたことがあるので、そちらを見てくださいね。
自分は、欠点を持っていて、自分自身が嫌なわけですね。それなのに、わずかな人かも知れないけれども、そういう欠点を持っている自分と、損得とか、仕事上のつきあいとか、そういうレベルを超えて、「親しみ」を表してくださる方がいるわけです。自分が嫌いな自分に対してですよ。
そういうことに気づいてみると、そのようにして接してくださる方の、ありがたさ、身にしみませんか。
自分のことは、本当に些細なことまで、すべて分かって、気になってしまいます。ところが、他人は自分が自分にこだわっているほど、些細なところまで気づくわけではありません。だから、自分が思うように褒めてもらえることもないかわりに、自分が思っているほど嫌っているわけでもないのです。
そして、自分が見ている自分というのは、対象化することができません。つまり、他人として、自分をあちら側から見ることができないから、自分の気づいていない、よさ、悪さに他人の方がよく気づいている、ということも実はあるのです。
だから、自分は自分のことをさほど評価していないのに、他の方が評価してくださる、もしくは、自分は自分のことを、めちゃくちゃがんばっているように評価しているのに、他人は褒めてくれない。
この中で、「自分を嫌う」ということを考えるに当たっては、自分が思っている以上に、他の方は、自分のよくない点についてはおおらかに捉えてくださっているのだという点について、もっと知っておくべきだと私は思います。
考えてみてくださいよ。もし、あなたのことを、あなたが思っているような嫌な人間だと考えていたら、今あなたとつきあってくださっている方が、本当に今のように、つきあってくださっているでしょうか。
だから、自分を細かく見つめて、あら探しをするような見方をするのではなくて、せめて、他人が見るように、あらについてはおおらかな見方をして、こだわらない方がよいのです。
もう済んでしまったどうしようもない悪いところにこだわるよりも、自分のよいところを、どんどん磨いていった方が、断然自分が成長できます。
自分の幸・不幸を他人に依存させない
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それともう一つ、大事なのは、「自分の幸・不幸を他人に依存させない」ということです。
自分を嫌いになって落ち込んでいくときというのは、他の方に対して、何かをした、もしくはしなかったことについて、相手の反応を見て、悔やんでいることが多くはないですか。
相手の反応が、自分の望むものとは違う。それで、自分を責めてみたり、思うように反応してくれない相手を責めてみたり。
でも、どんな反応であれ、「相手の反応の原因がすべて自分にある」と考えてしまうのは、自意識過剰ではないでしょうか。自分のことに最大限の関心を抱いて眺めている自分のように、他人が自分を眺めてくれることなど、本当に希(まれ)だとは思いませんか。
それなのに、相手の行動の原因を、すべて、自分のせいにして考えてしまう。これは、自分に対してうぬぼれが強すぎるからです。みんな自分がかわいいから、このうぬぼれが強すぎるのです。そして、「自分がかわいいから」自意識過剰になっているのに、逆に、そのために、自分を責めるようなことをやってしまっているのです。
相手の反応を気にして、行動したりしなかったり。それで、思うようにいかないのを、全部自分のせいにして、また落ち込んだり、そこまで思っているのに、なぜ、相手はその気持ちを分かってくれないのだと、相手を責めてみたり。
これは結局、自分の気持ちのあり方を、すべて相手に依存してしまっているということになります。
もっと言葉を換えて説明しましょう。
相手の反応が、判断基準になっている以上、自分の思うように相手が行動してくれないかぎり、どうしたって、自分の気持ちを、穏やかにすることはできません。ところが、先ほどから書いているように、他人は普通、自分ほど真剣に、自分のことを見つめてくれるはずはありません。
その結果、常に自分を責め続け、相手に対しても、「何で分かってくれないの」と不平・不満を抱く。このようにして、自分の気持ちのあり方を、すべて相手に依存してしまって、自分でコントロールできなくしてしまっているのです。
これでは、自立した人間などとは、とても言えませんよね。
自分ができる最大限のことを、無理をしてでも、やっておく
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相手の反応に左右されず、自立した人間になるためには、自分ができるだけのことをやったら、これから後戻りして取り返しがつかないことは、相手の反応がどうであろうとも、もうそれ以上思い悩まないことです。
後で悔やまないためには、自分が今できる最大限のことを、無理をしてでも、やっておかなければなりません。それを受けた結果が、望ましいものであろうと、望ましくないものであろうと、もし自分ができる最大限のことをもう既にやってしまっているのなら、そこから起こる結果については、もうそれ以上あなたの責任ではありません。あなたは、自分ではもうそれ以上どうしようもなかったことなのですから。
結果には、自分に原因があるのかも知れないけれども、もしかしたら、それ以上に、どこか自分以外の別の所に原因があったのかも知れません。
そんなことを、すべて自分のせいにして、いつまでも、くよくよ、くよくよ悩んでいてもしようがないのです
「今後自分がどうしていくか」の指針を得るために、ある程度考えたら、もうそれ以上、自分を責めて、嫌うしかなくなるような、振り返りはやめましょう。
「告白して、嫌われたらどうしよう」などと悩んでみても、その結果は、自分以外の別の要因に大きく左右されているわけですから、しかたがありません。告白せずに、望ましい結果を得ることができないよりも、同じ望ましい結果を得ることができないのなら、相手の気持ちをこちらに向けさせるために、どんなに恥ずかしくても、最大限の努力をすればよいのです。
そうすれば、いらぬプライドにこだわって、告白しなかったことで、後々まで後悔するよりもずっといい。
思うだけ、自分で悩んでいるだけでは人には伝わりません。ですから、そういう自分の気持ちを、なるべく、人に伝えていくのです。
自分にできることは何でも、最善の結果を得ることができるように、今できる最善のことを、すべてやっておきましょう。
このようにすれば、結果のすべてを自分のせいにすることもなく、こちらの思うように行動してくれない相手を責めることもなくなって、自分の気持ちのあり方を、相手に依存してしまうこともなく、自立できるようになります。
このように考え方を変えて、私自身、とても生きるのが楽になりました。
自分を嫌うのをやめれば、他人にも優しくなれる
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こうして、自分を嫌うのをやめて、「自分に優しく」なり、精神的にも自立してくると、他人にも優しくなれるのですね。なぜか。
以前の私は、「人をほめる」のが、苦手でした。「人をほめるのがよい」と聞いても、わざとらしいお世辞など言う気にはとてもならないから、滅多なことでは、人をほめることができませんでした。
ところが、自分を嫌わなくなって、人と関わるようになると、「他人のちょっとしたよさ」に気づくようになったのですね。別に、「よいところを見つけよう」と一生懸命心がけてなどいるわけではなくて、自然に接しているだけなのにです。
そして、そういう風に、以前「何でもない」「普通」と、思っていたところに、ちょっとしたよさを感じるようになってくると、自然に褒めることができるようになりました。生徒に対するときには、まあちょっと、大げさに言う部分もあるのですが、それでも、それは、思いもしないことを言うのではなくて、本当に思っていることを、ただ少し大げさに言うだけですから、嘘っぽさはないはずです。
生き方を変えれば、人の反応も変わる
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このように、私は数年前、自分を嫌うのをやめて、生き方を変えました。
すると本当に不思議なことなのですが、生徒からの反応もすぐに変わりました。
相変わらず、「スカートを短くするな」「提出物の期限を守れ」とうるさいことばかり言っているはずなのに、反応が、以前よりもずっと優しくなってきたのです。
浅見帆帆子、引き寄せの本を読もう
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「自己啓発」系統の本がたくさんちまたに氾濫しています。上のようなことを考えたことがない方にとっては、一度考えてみる価値は、じゅうぶんにあると思います。
私の一押しのお勧めは、浅見帆帆子という人の『あなたは絶対!運がいい』です。大げさに言えば、これは私の人生を変える一冊だったかも知れません。
また最近はやりになっているのが、「引き寄せ」という考えです。これについても、たくさんの本が出ています。嫌なことを考えると、その方向に自分が引き寄せられていくというのも、引き寄せです。
「引き寄せ」はとても大切ですから、一度何か適当なものを見つけて、読んでおいてくださいね。
コメント
Neko Fumioさん、ありがとうございます☆
「自分を嫌わない」のは、なかなか難しいけれど、いつも自分なりに必死でやってきたことなので、「自分を好きに」なりたいと思います。
はじめまして
足跡頂いていましたので、コメントさせていただきます。
私は 四つの自分ということを教わりました。
「自分も他人も知ってる自分」
「自分も他人も知らない自分」
「自分しか知らない自分」
「他人しか知らない自分」
よくよく考えると、胸にグサっときます。
本当の意味で自分を愛したいと思います。
ありがとうございました。
みなさん、私などよりも真剣に考えていらっしゃるようなので、いらぬお節介の文章だったかも知れませんね。
ダイレクト出版の小川さんという方が、Dr.モルツという方の、自己啓発プログラムを販売なさっていて、無料DVDお試しを配っています。(http://pasokiti.blog26.fc2.com/blog-category-7.html)
まあこれは、お金儲けでやっていることで、以後に有料で毎月配布される自己啓発プログラムの宣伝ビデオのようなものなので、ほどほどに見ておけばいいのです。しかし、このビデオを見て、なるほどな、と思うところがあるので、ご紹介しておきます。
今自分が実現している世界というのは、自分が実現しうるもののうちのごく一部だというのですね。これは、「人は無限の可能性を皆持っている」というような、よく言われる話ではなくて、自分が持っている可能性を、自己意識が、ものすごく小さく小さくしてしまっているというのです。
自分が自分というものを、「こういうものだ」「これはいけない」と、限定する自己意識を持っているから、本来実現できるはずのことが、できるはずのないことになってしまうというのです。
これ、小学2年生のぼうずを教えているとよく分かる。昨日できたことで、ちょっと考えるとすぐ分かるような問題でも、一端「難しい」「分からん」と言い出すと、絶対に理解しません。
正確にいうと、「絶対に理解しようとはしません。」その結果、絶対に、本当に分からない。
大人でも一緒ですよね。「私パソコンが苦手だから。」たくさんいるでしょう。そういうことを自己意識に持つことで、本当に分からなくなってしまうのです。
私などは、「そんなの、時間をかけて、分かろうとしないだけだろう」と思うのです。そして、浅い理解としては、確かにその通りなんだけれども、本当のところは、多分、うちのぼうずと同じで、「苦手」と思うことで、永遠に分かる道を閉ざしている。と、こういうことがあるようです。
「男だから」「女だから」「教師だから」……と、親や世間から、理由もなく抱かされてしまった自己イメージによって、自分の可能性のうちの数パーセントしか、自分のものとして、現すことができていないというのです。
ですから、自分を限定している自己イメージを解き放って自由にしてやることが、とても大切なんでしょう。
「サイコ・サイバネティックス」なんてことを言うんですが、これはつまり、自己意識による自動操縦ということです。いくら、プラス思考をしようと一生懸命がんばって、自己啓発の本を読んで変わろうとしても、根本のところで、「自分はこうあらなければならぬ」「こんなものなのだ」という自己意識、あり方に対する無意識に持っている価値観、こういうものが変わらなければ、この自動操縦と、意識との間で矛盾が起こっているのだから、結局、自動操縦が勝って、自分が変わることはない。こういうことのようです。
だから、自己啓発の本を読んでも、根本のところで自分を規定している自己意識を変えていかないと、どうしようもないようです。
そこの所に、みんななかなか気づかないし、気づいても、なかなか変えることができないから、ジレンマに陥ってしまうのです。
もうちょっと詳しい「サイコ・サイバネティックス」についての感想は、リンク(http://pasokiti.blog26.fc2.com/blog-category-7.html)に書きましたので、よろしかったら、そこを見てくださいね。
宣伝部分については、宣伝ですから、ほどほどに見てくださいよ。本気にすることはありません。
りゅうじろうさん
みんな、「自分しか知らない自分」 に、こだわりすぎて、それを拡大視してしまうから、本当のところを見失って、自由な行動ができなくなっているということではないでしょうか。
そして、上の話では、「自分も他人も知らない自分」というのが、豊かに、大きな可能性としてすぐそこにあるのに、誰もが、その可能性を現実のものとするように、意識を自由に持てないで、苦しんでいるということでしょうか。
足跡からです。
とてもよいことを教えていただきました。
ありがとうございます。
HPのほうにもお邪魔します。
こんな時、自分のボキャブラリのなさを悔やみます。
おっしゃる通りだと思います。
ただ、私は微妙な精神状態に左右されてしまいます。
いいモチベーションを保つ為にも、モメンタムを引き寄せる力は不可欠でしょうね。
潜在的にオートパイロットに入れて、無限リソースの海で問題を処理していきたいものです。
自分自身でさえ自分が理解できてない
それが理解できてると誤解している事で、他を受け入れる余裕さえ無くしてしまってる方をお見受けします。
少しリフレーミングすれば気付くはずですが、とかく自分では見えないものですね。
これはまさしく他人しか知らない自分でしょうか。
表現は人それぞれですが、どう感じ、どう思考するか、そしてどう覚悟するかだと私は思っています。
自分の文章では、お伝えしたい事が理解して頂けるレベルでないのが悔しいですね。
散文ですみません。
足跡から来ました。
私は今の自分が嫌いです。大嫌いです。
変わりたいです。
またお邪魔させていただきます。
お初にコメさせて頂きます。確かにそうだなぁと文章を読んで思いました!
足あとから来ました。とても力強く感じました。またたびたび読ませていただきたいので足あとが残ると思いますが、よろしくお願いします。
足跡から寄らせて貰いました。
揺らぎない信念と文章に圧倒されてしまいました。
私は、自分の中に好きな自分、嫌いな自分、かっこいい自分、そうでない自分など、様々な自分に取り囲まれています。かつて私は、自分に自信が持てず自己嫌悪のシャワーで体中ふやけていました。
そんな私ですが最近、その時々の自分を、割とリラックスして表に出せるようになりました。(世の中の人は、そんなに意地悪な目で見てはいないかもしれない・・・と感じるようになったからです。)
しかし、今も私を苦しめるのは、他人の話を十分に聞くことができない自分を意識する時です。
でもでもでもです。みんなこうして苦しんでいるんじゃないか・・・とも思うのです。そして、きっと、止まらない口に、適度に注意出来る自分が出てくるのではないかと思っています。
初めまして。 自分を嫌うと心も閉ざされていきますからね
深い共感を覚えました。
母の介護をしていたとき、助かると思っていたから、
嫌がる母をはげましリハビリをさせたり、一さじでも多く食べようと
強要したこともありました。
それが、医者の指示でもありました。
亡くなる一週間前までそれが続き、一気に悪化。
もう3年たっても、リハビリ中の苦しそうな母の顔を思い出し、
どうして止めなかったんだろうと泣いたこともありました。
まさに、後悔です。
でも、今は、
あの時は考えて考えて、それが最善の策だと思ってやったんだから。
だから、もう後悔するのはやめよう。
母を愛していたからこその決断だった。それで許してもらおう。
と、思うようになりました。
後悔する気持ちをうけとめ、自分で許してやると、
今度は素直に母のために頑張った自分が思い出され、
そして、母と励ましあい頑張った介護生活、
母が私にかけてくれた感謝の言葉や教えがたくさん思い出されてきました。
後悔をそのように思いなおすことができるのも、
あの時は、本当に一生懸命考えてだした結論だったと
自分で思えるほど、考えて行動したからだと思います。
みなさんの記事を参考に、次の記事を書いてみました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=780456120&owner_id=14874745&org_id=781192284
gentさん
足跡を付けてくださるということは、読んでくださるということですから、私としても大歓迎です。
足跡から参りました.中性子と申します.
貴殿のお考えに感銘を受けました.
小生はとてもコンプレックスが強く,
また自己の性格・行動について自己嫌悪することが多いです.
「自分を嫌わない」
「自分の幸・不幸を他人に依存させない」
現在の自分を振り返ってみると,まさに上の2つに当てはまっておりました.
それと同時に,こんな自分とも付き合ってくれる友人もたくさんいることに気づいて,
友人に感謝しています.
自分に対して少しだけおおらかになれるように,
今日・明日からいきなりすべてを変えていくことは難しいでしょうが,
変わっていこうと思います.
拙い文章にて失礼しました.