『蟹工船』ブーム

 りえ@目指せギネス さんから、下のようなコメントをいただいていました。
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お久し振りです、りえたんこと澤木淳枝です。
以前、先生の書かれた『二十歳の原点』にコメントしたものです。

集英社が古典文学を売るために、カバーを人気漫画家に描かせる、という手法で、太宰治の『人間失格』が8万部売れました。
それに味をしめて、第2弾をやっています。

まぁ、出版社は本が売れればそれでいいのでしょうが、
読者が内容を熟読するとはとても思えません。

最近、小林多喜二の『蟹工船』が20代に人気だとか。
これも、引きこもり・ニートの言い訳材料に
使われているとしか思えません。
時代背景まで考慮して熟読して感銘を受ける現代人が何%いることか。

それならもっと、他に売らないといけない本があるだろ!と
言いたくなります。

なんだか関係のない、愚痴みたいなコメで申し訳ありませんでした。
先生の御意見を拝聴できれば幸いです。
お忙しい中、すいませんでしたm(__)m
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イラストでも何でも、きっかけになればよい
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 それほど目新しい感想とてありませんが、漫画でも何でも本を読むきっかけになるなら、それもいいのではないでしょうか。

 昔高校生の頃、母に堀辰雄か何かの文庫本を頼んで、岩波文庫を買ってきたのに大いに腹を立てたことがありました。
 当時は、他の文庫本がとっくに歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改めて本にしている中、岩波文庫だけが、まだ歴史的仮名遣いを守っていました。
 いまではその硬派の岩波文庫も、現代仮名遣いになってしまっています。そうしなければ、今の人で買う人は、まあ皆無でしょう。
 ちょっと表紙やイラストを替えたぐらいで、若い人たちが読んでくれるなら、ブームでも言い訳でも、少しはましなのではないでしょうか。
 「もっと読むべき本があるだろう」といっても、そういう本は、みんなに人気が無くて売れませんし、当然読まれもしませんから。

『人間失格』はパワーがある
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 太宰治の人間失格は、私も好きで、昔、大人になってから、感想文を書いたことがあります。ものを考える高校生には、昔から多大な人気があった本です。
 最近の高校生が読んでいるのかどうなのかというと、さすがに20年前などと比べると、だいぶ減ってきているような予感はします。
 しかし、きっかけが何であれ、読めば、今の若い人でも、引きつけるものを持っているパワーを持つ作品だと私は思います。

この読みにくい本を読むことができるのは、生きる力だ
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 この『蟹工船』、本当に読みにくいですね。文体が古くさいからなのか、何かイメージをわかせるような書き方がされていないからなのか、とにかくめちゃくちゃ読みにくい。途中で、ほんとたかが100ページちょっとの本なのに、投げ出したくなりました。
 同じ新潮文庫の次に載っている『党生活者』は、割合すらっと読めるのですけれどもね。
 この読みにくいものを、言い訳でも何でも、本当に自分で全部読んで共感する人がいるなら、どのように受け取ろうが、それはそれですばらしいのではないでしょうか。本が、その人の生きる力になるという点で、そのような読み方が出来ている若者達は、これからが楽しみだと思います。

『蟹工船』の状況は、現代とは必ずしも重ならない
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 『蟹工船』を読んでみました。
 これも最近の『蟹工船』ブームのおかげです。
 現代のフリーターの置かれた状況が、蟹工船で働く人たちの状況とよく似ているという発言で、最近の『蟹工船』ブームが起こっているようです。
 私は、ぬくぬくと守られている立場の人間だから、今の状況の厳しさがおそらく分かっていない面はあるのでしょう。「リストラ」といわれ、確かに厳しい面があるには違いありません。
 しかし、それが本当に蟹工船の人夫達に重ね合わせられるほど、死と隣り合わせの過酷なものだとは、どうも私には思えませんでした。

 そういう意味で、この物語に共感する今の人たちがいるとするなら、おっしゃるように、「豊かさに対する甘え」の様なものを、私はどうしてもその人達に感じてしまいます。
 確かにリストラされて、急にこれまでの生活水準が保てなくなれば、その方達が途方に暮れてしまう気持ちは推測できます。しかし、それらは、やはり、「蟹工船の人たちの生きるすべを選ぶことなく、蹂躙(じゅうりん)されて死に至らされるような状況とは、かなり違うのではないでしょうか。
 むしろ、ジャパ行きさんのような方達には、あるいはこれに近い現状が、今日でもおそらくあるのでしょう。

どうも作品のパワーが足りない
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 『蟹工船』の私の読後感は、イデオロギーが先に立ちすぎていて、今一歩人間の姿を伝え切れていないなというような印象でした。イデオロギーはイデオロギーとして、そこで生きる人間の姿を、もうちょっと徹底して最後まで描ききっていれば、まだ印象の違う作品になったような気がします。

 そういう意味では、『人間失格』や、その他の、現代でも読み継がれているベストセラー小説ほどには、作品のパワーがないように私は感じました。

コメント

  1. たかちゃん より:

     ねこさん、お久しぶりです。
     私は高校一年生の頃に「人間失格」を読みました。
     きっかけは、現国の先生が、
     「高校の夏休みの時、人間失格を読んだ友人が自殺した」
     と話していたからです。
     手にとって読みすすめてみると・・・「共感」できる部分が
     多くて・・・どんどん堕ちていく太宰が置かれている状況を
     いろいろと思い巡らせていました。
     「同じように考える人がいるんだ」と思い、妙に励まされた
     気分になりました。だから、その後の人生で挫折しそうになると
     太宰の本を手に取り読みふけるようになりました。
     あと、ずっと大人になって読んだ本で感銘を受けたのが
     坂口安吾の「堕落論」と島崎藤村の「破戒」です。

  2. ひまわりなつこ より:

    「蟹工船」
    中学か高校一年のころ読んで、読みにくい本だなあと思いました。
    当時の私は、自分より強いもの
    (親、先生、偉そうにしている大人、自由を奪う規則など)の理不尽さに対し、
    正面切って反論するのが好きでしたから、
    立ち向かっていこうという精神には感動しました。
    蟹工船の人たちの厳しさをある程度実感したのは、
    3年前位のテレビ放送を観たときです。
    密漁ででる漁師、そうではなかったのにつかまりそうになって逃げる様。
    波の荒さ。
    生と死の境界線みたいな死闘を観たとき、
    子供のころ読んだ「蟹工船」のいわんとしたことを少し感じられたような気がしました。
    うちの娘もフリーターで、不安定な生活をやめればいいのになどと思うのですが、
    親元で生活していますから、食べられなくなる恐怖というのは感じていないようです。
    このままずっとそんな生活を続けていたら、きっと不安が生まれるでしょう。
    食べられないといいつつ、携帯電話は手放さない若者が、
    蟹工船のいわんとしていることをどこまで理解しているかはわかりませんが、
    でも、共産党加入者が若者の間で急増しているそうですから、
    かなりの影響があることは確かでしょう。
    「人間失格」
    <わざわざ>って感覚。人目を気にして演技するって感じ。
    強さを売り物にしていた私でも、そういう瞬間があって、
    私はそういう自分を恥じていたから、
    だから人間失格を読んだとき、<同じような人がいる>って感じよりも、
    <こういうことをしないで生きていける人になりたい>って思うようになり、
    自分の生き方やペースに対し頑固になった気がします。
    そのせいで、弱さを絶対に見せないようになり、
    それが他人に対してだけでなく、自分自身に対してもそうなり、
    かなりの歳になるまで、自分の心がくたびれていることにすら
    気付かないそういう人間になったような気がします。
    そうなる原因のすべてが本ではありませんが、おおきなきっかけにはなりました。
    「坂口安吾」
    記憶違いかも知れませんが、坂口安吾の作品に
    「新しい目」っていうのがなかったでしょうか。
    教科書で読んだのですが、あれは私に大きな影響をあたえました。
    <物事をいつも新鮮な目で見つめたい。いろいろな視点から物事を見られる人になりたい。
    そういう柔軟な心の目を持つことができたら、人生がどんなに楽しくなるだろう>と
    心躍る気持ちがしたことを覚えています。
    その願いは今でも続行中。
    物事(人間も)をより多面的に見て楽しむことを目指しています。
    どんなきっかけであれ、本に触れるチャンスがあるっていいことです。

  3. Neko Fumio より:

    『蟹工船』
     「食べられないといいつつ、携帯電話は手放さない若者が、
    蟹工船のいわんとしていることをどこまで理解しているか」
    というのが、私が言いたかったことを、そのままよく言い表してくれています。
     確かにそれも、似通ったところもあるにはあるのでしょうが、
    そういうのって、どうも自分を甘やかしたところから出てくる共感のような気がしてなりません。
    『人間失格』
     人の気持ちが分からないといって右往左往する自信がない面と、「笑わせておけばいいんだ」という風に、他人を見下す面と、その両方を持っているのが、主人公葉三の姿なんだと昔感想文を書いたときに思いました。
     それが、わざとらしさにつながるのでしょうが、確かに我々もそう言う一面を多かれ少なかれ持っていますよね。
    『坂口安吾』
    おっしゃるとおりですね。
    時代の枠組みというか、その時代にみんながとらわれている見方というか、
    そういうものから自由に発想した発言が今でも新鮮です。
    こういう風な自由な見方が出来れば嬉しいなと、読んで思いました。

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