大学受験の面接で求められること

 以下のようなメッセージをいただきました。急ぐようなので、話題の途中ですが、これについて答えておきます。

いきなりのメッセージすいません。

大学の後期の試験に面接があります。
人間性で落とされる事はあるのでしょうか?
それから、どのようなことが問われるのでしょうか?

あつかましいですが、教えていただけたらありがたいです。

 私は、ここ十年近く進学校から離れて生活しているので、一般入試の受験事情については、とても疎くなっています。ですから、以下一般論ということで、私の思うところについて述べてみます。
 そのつもりで、読んでくださいね。

 出題する大学が、受験生に何を求めているかによって、同じく「面接」という言葉を使っても、面接を課す目的は、変わってきます。

難関大学の場合

 一般に、国・公立大学など、難しい大学では、ただ「よい人かどうか」という意味での人間性だけで入学を許すことはありません。学力試験なのか、小論文・作文なのか、はたまた面接なのか、いずれかの形で、その人の論理的な思考能力を試そうとするはずです。
 もしくは、そのような学力を問わないにしても、学問的な探求心、意欲をどれだけ持っているかということが、問われないことはまずありません。

 たとえば、難関大学の推薦などでは、面接だけでなく、事前にレポート提出を求められているような場合があります。この場合は、事前レポートの補完が、面接を行う目的のかなりのウエイトを占めます。
 どういうことかというと、事前レポートは、その場で書くのではないから、いくらでも、他人に書いてもらってごまかすことができますよね。実際、どのような受験生でも、何らかの形で、先生にレポートを手直ししてもらっていることがほとんどだと思います。
 ところが、その立派なレポートの内容を、本人がどれだけ深いところまで分かって、それを提出しているのか、実際に会って確かめてみれば、ちょと受け答えを見るだけですぐに分かります。
 このように、面接によって、ただ「よい人かどうか」という人間性などではなくて、レポートによってアピールされた良さが本物かどうかを見極めるという目的で、面接を行うのです。

 また、面接とかいいながら、学力・思考力を試すような問題を出す場合もあるかもしれません。

 
 一般に、難関大学の場合、志望者がたくさんいて、その中から自分の大学にふさわしいと思われる人物を入学させることができるのですから、「学力・思考力・その学問分野への関心」もしくは、部活動の実績など、受験生に相当高レベルの要求をしていると考えるべきです。
 大学は、一応、学問研究の府なのですから、人のよさだけが取り柄の、ものを考えない集団を抱えても、メリットは何もありませんから。

 もし不合格であったということなら、「小手先の面接テクニックがないばっかりに落ちた」などとは考えないで、もっと本質を見つめなおす必要があります。

 ただ、医師や看護師を目指すなど、特定の分野では、最近、「人間性を求めるべきだ」という声が強くなってきているので、ある程度人間性を見ようという傾向が出てきています。このような分野では、「人のために」というような生きる姿勢を持っていることが、要求されるでしょう。少なくとも、「ゼニもうけ」的な人間、利己主義的な発想の人物は、嫌われます。

それほどの難関ではない場合

 一方で、地方のあまり難しくない大学・短大などでも、本当に求めたいところは、上の場合と同じですが、実情として、そのような選り好みをしていると、学生を確保できません。ですから、学力的にそれほどの要求はできないわけですが、そうはいっても、一応大学なので、前向きな生き方を求める集団には、せめてしたいわけですね。
 ですから、勉強か部活動か、何かに目的意識を多少なりとも持って、前向きに生きようとしている学生を一人でも多く入学させようとします。

 高校生に生活指導をしていると、「先生は、自分たちの内面の良さを見てくれない。表面上先生のいうことを聞く、よい子ちゃんばかりをひいきする」というようなことを、よく言います。
 しかし、この、「表に現れない人間のよさ」というものがどういうものかを、考えておいた方がよいと思います。「他人が外から簡単に評価できないで、自分はよいと思っている」、そういう良さを持つ人間を、大学が、社会が本当に求めているかどうか。そういう人たちを評価するなら、結局、誰でもよいということになってしまわないでしょうか。

 少なくとも大学は入試をして、自分の大学にふさわしいとは思えない人間を選抜する、すなわち排除するわけですから、そういう甘えた考えは捨てて、「人が評価してくれるよさ」「点数化できる良さ」を自分も身につけようとするべきです。

 ちょっと面接をしてみると、その人がどれだけ勉強しようとしているか、前向きな考えで取り組もうとしているのか、あるいは、考えもなく、適当に生活をやり過ごしているだけなのかということが、面接官にはすぐに分かります。
 そういう意味で、「人間性」という言葉を、ただ単なる見かけの問題、面接テクニックというような表面上のこととして捉えないことです。

部活動の取り柄

 先に部活動の取り柄について、触れました。
 しかし、大学というのは、一応勉強をしに行くところですから、いくら何でも、「部活動バカになるために志望しました」というのでは、あまりにも正直すぎます。
 部活動のことばかりで、とってつけたように「勉強も」と付け加えて、「文武両道を目指します」では、「私は部活動バカになるために志望しました。勉強など本気でするつもりはありません」と言っているようにしか、私には聞こえません。

志望校の出題傾向を自分で調べる

 いずれにせよ、目指す大学・学部で、「どのようなことが問われるのか」ということを、まず自分で調べてみることが大切です。最初は募集要項などの大学側からの資料、次に、受験産業からの資料、最後に、自分の学校に過去その大学・学部の受験生がいれば、進路指導課が過去の資料を蓄積して残しているはずですから、目指す大学の資料を調べてもらいましょう。浪人生の場合は、予備校などですね。

面接のテクニック

 テクニックだけに頼っていても仕方のない面もありますし、特に難関大学などでは、礼の仕方や受け答えのテクニックなどよりも、内容重視だと思います。
 しかし、やはり、面接のための用意をしている人と、していない人とで、面接の印象もかなり変わることがあるというのも事実です。
 かつて、私が普通科の進学校に勤めていた10年ほど前には、一般入試では、面接などの評価がほとんど重視されなかったこともあって、私自身、面接のノウハウをあまりきちんと把握していなかったようなことがありました。当然そのような場合には、面接指導もあまり熱心ではありません。
 ですから、学校の全員への指導で、あまり面接練習を重視していないような、特に進学校などでは、自分の受験に面接が必要なら、自分から積極的に先生にお願いして、「最低限の面接時の礼法指導を受けておこう」というような積極的な姿勢が必要です。
 受け答えの礼法の善し悪しだけで、合否が決まるほど、難関大学の入試は甘くはありませんが、印象をより悪くしないためには、できるだけの準備をして、試験に備えるに超したことはありません。

 ちなみに、礼の仕方、受け答えの仕方を解説したビデオを、どこの学校でも、進路指導課に一つぐらいは、購入してあるはずです。それを借りて、勉強すれば、最低限のことは理解できます。
 その理解したつもりのことを、実際には全然自分ができていませんから、そこら当たりのチェックを、先生にお願いするわけですね。

コメント

  1. ひまわりなつこ より:

    「表に現れない人間のよさ」
    Neko先生の言われることに同感です。
    これほど不確かなものはありません。自分の良さはアピールしてこそ伝わります。
    隠されている他人の良さを気づく人は、少ないと思っていたほうがいいと思います。
    「表に現したくない自分」
    というのは、だだ漏れになることがありますね。
    前向きに表現しているのに、なぜか聞き手には優柔不断、
    くよくよタイプに見えるというようなところ。
    知識のないことを隠そうとすると、あいまいな知識の部分ばかりがめだってしまうこともあります。
    小手先にしないためには、しっかり自分(能力、考え、人柄等)を理解し、
    アピールの内容は簡潔な文章で作文し、アピール方法による効果を比べておくことです。
    頭の中でしっかり整理しておくことが大切だと思います。
    結局はNeko先生の言われる
    内容重視。内容をよくするには、先生の言われるように
    「どのようなことが問われるのか」ということを、まず自分で調べてみることが大切です。
    ちなみに、私は、たくさんのことを浅く説明するより、話題を絞りこみ深く説明することをおすめします。

  2. たかちゃん より:

     私の経験から考えますと、看護系大学・短期大学・専門学校の場合、「志望動機」で二次試験(面接)合格が左右される傾向にありました。
    それはいまでも変わっていないと思います。
     ネコ先生の主張するとおり、医療の現場で働く専門職には「倫理に
    基づいた行動」が要求されるし必須です。近年、医療事故が表沙汰に
    なるにつれて、「人間性を問われる」傾向がより一層強くなりました。
     いろんな攻略本も出ていると思うので、そんな本を参考にするのも
    ひとつの方法かと思いますが、ボロがでないように気をつけるといい
    ですよね?

  3. Neko Fumio より:

    日常生活と受験作文とは違う
    ************************
     日常生活では、長いつきあいになるので、「自分の良さをアピールする」というのは、時と場合によります。特別に、それを要求される場でもないときに、「自分の良さをアピールしようとする」人というのは、自己顕示欲の固まりで、自分の悪いところを認めようとしないつまらない人物が多いように、私は個人的に感じます。
     「自分のよさ」を一生懸命出しながら、人付き合いをしていると、他の方が勝手によいところを見つけてくれるというのが、本来の人間関係のありかたではないでしょうか。
     ただ、ここで注意すべきことは、いたずらに「露悪的」になる必要もないということですね。
     私など多分にその傾向がありますが、「自分の悪いところをあえて見せようとする」人が結構いるのではないでしょうか。それで、「自分は、格好をつけない人物なんだ」ということを自意識として、持とうとするんですね。
     しかしそういうのも、やはり損な生き方です。悪いとこををあえて見せようとするのも、いいところをあえて見せようとするのと同じく、いらぬ格好付けです。そういうポーズをつけないで、素直に自分の良い面を出しながら、人とつきあうのが、一番いい生き方だと私は思います。
     しかし、時により、「自分の良さをアピールするべき時」というのも、やはりあるのですね。たとえば、入試の面接や作文などがその代表例です。
     そういうときには、「よい面出しながらつきあっていれば、自然に感じてもらえる」などというような悠長なことは言っていられません。ですから、その短い時間の面接、短い文章で、良さを感じてもらう努力をしなければなりません。
     そのような場面でもなお、自意識過剰になって、自分の良さをアピールできないとすれば、それもやはり問題です。
     「そんなもので、人の良さがはかれるわけはない」と逃げ口上を言う前に、「アピールするべき自分」を持たない自分のふがいなさを反省しましょう。
    医療・看護系の学校
    *****************
     特に、看護の専門学校などでは、たかちゃんさんがおっしゃるように、「その職を志す熱意の強さ」をしっかり訴えることができれば、それだけで、小論文や、面接の面では合格点です。
     私自身が、上の文章で「人間性」という言葉を曖昧に使っています。しかし、この意味での、「志望する志の強さ」まで、「人間性」という中に入れて考えてしまうと、かえってものの本質が見えなくなってしまうのではないでしょうか。
     「人間性」という言葉は、人の良さ、前向きさ、などに限定して捉えて、「志望する志の強さ」などは、また別次元の要素として捉える方が、問題の本質がより分かりやすくなると私は思います。
     ただし、上の合格云々(うんぬん)の話は、医療・看護系などでも、学校の難易度によります。四年生の難関大学などになると、おそらく「志望する志の強さ」だけではなくて、物事を深く考える能力まで求められるような気が、私はします。

  4. トトコ より:

    Neko先生こんにちは。
    面接も、練習してもらたし、練習したら、すらすら、話ができました。
    話の仕方も、友だちにはなす感じではなく、少し丁寧に。
    好印象で、いい方向に進むと思います。(難関でない場合)
    面接を練習してない人に、練習したの??ってあとで、驚かれましたけど。
    何人も、面接してる人には、わかってもらえるだろうと思わず、練習してみるのがいいと思います。

  5. Neko Fumio より:

     しっかり練習でイメージトレーニングして、練習だからといって、甘えずに、本番のつもりでやることが大切ですね。それだけのことをあらかじめやっておけば、本番の時にも、余裕を持って、臨めます。
     それと言い忘れておりましたが、「一番厳しく指導していただけそうな先生」を数人選んで、練習をお願いする事も大切です。一人だけではなく、数人の目で見ていただいて、自分を磨いておくのです。まだこれから面接がある人は、是非取り組んでおいてください。